スタート地点

大学入学

たくさんの受験生を持つ親御さんにとって、

大学入学はある意味ゴールでもあると思う。

長い受験への道のりを経て、泣き笑い奮闘しおおよその将来への見通しがここでつけられる。

喜ばしいことであるのはもちろん間違いない。

実際長女の時はそうだった。長きに渡る努力が実を結び将来は安泰だと肩の荷がおりた。

 

しかし、不登校や引きこもりを経験した親子にとってはいつもどこかに不安がつきまとう

「また、引きこもってしまわないか」

「学校へ通い続けることはできるのか」

しかし、不安をみせたらいけない。

子どもへ向けて希望で人生を満たしてあげたいから、

他の子と同じようにできるはずだと誰よりも強く信じて応援したい。

大学入学はスタート地点に立ったという意味の方がとても大きかった。

 

 

 

大学受験

共通テスト

国立大学を第1希望にするということで、共通テストを受けることになった。

息子はほんの少し勉強して過去問も2回ぶんくらいはしていた。

比較的よくできたと言っていた。

私立大学入試

英検利用の全学部入試を受けた。共通テストより難しかったと言っていた気がする。自信はなさげだった。全学部入試の合格者が各10名くらいしか枠がないことにこの時気づいた様子。

国立大学入試

過去問を解いたら全然出来なかったようで

自分の勉強不足にようやっと気づいて震えていた

願書提出の日部屋で丸まっていて出てこなくなった。

結局願書を出すのはやめて、予備校に1年通おうかという話になった。

結果発表

このあと、私立大学の発表があるのだが

無理かも、浪人かもという雰囲気が漂っていた

しかし浪人してもどうかねというのもあり

どこも受からなかったら1度短期留学しなさいと約束させた。

合格発表の日は朝からそわそわしていたが本人がパスワードのようなものを設定していて調べられず、発表時間になっても何も言って来ずやはりダメだったのかと思った。

しかし結果は3学部合格。

合格発表もお知らせなしなんかと少し呆れたけど

それならもう入学して頑張ろうと決まった

家から遠いので一人暮らしもしようと決まった。

卒業証明書も申し込みが遅れてまた入学手続きでバタバタした。今度は息子ひとりでド緊張しながら郵便局に簡易書留速達を出しに行った。

 

 

一般入試 願書提出

志望校決定

以前書いたが、息子は文章を書くのが得意でとても早い。小論文や作文などあっという間に仕上げる。硬筆をずっと習っていたので美術館に展示されたほど字も綺麗。そして通信制高校内申点が取りやすい。

また息子は人当たりがよい

特に女性の評価はべらぼうに高い

わたしはAOなど向いていると思っていた。

しかし夫に聞くと、内申点が足りないから無理だと言われた。またまた、そんな訳ないよちゃんとレポート提出してたし、と思ったが嘘をついていて学年末にぎりぎり全部提出しなんとか進級できたという経緯があったらしい😳ちゃんちゃん。

一般入試

ということで、選択肢は一般入試のみ。

本人は地方の国立大学にいって一人暮らしをしたいと言う。早く家を出たいらしい。一人暮らしはお金がかかるので迷惑をかけないよう学費の安い国立大学ということのようだ。

いいよ。とてもいいよ。

でも、勉強して模試を受けないと現実問題なかなかきついよ。講習とかいく?と聞いてもやはり行かない。勉強している様子もない。

そうか。うん。

一応私立も受けようということになり、受験項目の少ない所で申し込みの間に合う所を息子が1つみつけ全学部入試を申し込んだ。

調査書、入学願書

地方国立大学と私立大学の2校の調査書を学校に依頼した。しかし私大を決めるのが遅すぎて提出に間に合わない。いつもこのパターン。話し合いができず段取りも方向性も決められず人の意見は聞かないからどうしようもない。

以前までなら私が息子の代わりに大慌てで全てのことをした。それは不安定な時期の16.17の子どもだったから。しかしもうすぐ大学生18歳。入試の手続きはなるべく本人に責任をもってやらせることにした。

息子は学校に電話し、直接本校舎まで届けに来れば調査書発行が願書提出の締切に間に合うと言われ1時間半かけて不服そうに依頼書を届けてきた。

取っ掛りがおそいとそうなると何度話しても改善しない。ならば身をもって不便を体験しないといけない。それも勉強だ。


オンライン入試申し込みは予想外に難しく、志望動機や高校生活で力を入れた事など4項目ものちょっとした作文を添付する形式になっていたので締切前日驚いた。しかしさすがというか息子はあっという間に文章を書き一切妥協はせず2時間くらいで全て仕上げて無事申し込みできた。

振込や願書送付の手続きは息子を伴って2人で行った。1人で生きていくなら郵便局や銀行、書類作成や写真添付など一通り知っておかなければいけない。

 

 

受験勉強

全然しない

はい。ということで、息子の受験生活がはじまりましたー!

受験生!どこにいる?

勉強してる人は見当たらないなー。

そう、息子は今までと全く変わらない生活を続けていた。

でもやたらイライラしてる。

そして誘っても一切出かけない。

人に会わない。

唯一出かけるのが、友だちとのカラオケと焼肉!

話しかけても答えない。

部屋に入ると睨みつけられ鬱陶しがられ追い出される。

でも、勉強しない。

模試受けない。

過去問やらない。

学校見学行かない。資料も請求しない。調べもしない。

話し合いをしようとするも、打つ手もなくたまに声をかけるのがやっとですぐに閉店ガラガラピシャンとシャッターが閉まる。

そんなこんなで調査書発行の申し込み締め切り1週間前になっていました。

息子、受験生になる

進学の決断

気分一新、留学から戻った私が見た息子は

…相変わらずゲームに明け暮れていた。笑

 

もう、いいよ!

べつにさ、大学進学だけが人生じゃない

色んな人生を選んでる人がたくさんいたよ。

 

世界中から色んな国の人たちが集まり

それぞれの問題をかかえ

みんな懸命に

ある意味めちゃくちゃに

生きていた。

たとえば、

 

あと半年で卒業なのに高校をやめて留学を継続し高卒認定をとり海外の大学に進学する選択

戦争中のロシアから金で逃げたと罵られながらアルバイトしてオーストラリア永住を目指す青年

FIREを目指して韓国から移住するために進学を目指すナース

ブラジルで弁護士をしていてマフィアを相手にし命の危険を感じて海外移住のためにオーストラリアでエンジニアになり外国人を口説きまくる青年

フランスで人気のインスタグラマーで異文化交流のために弾丸できた美少女

路上パフォーマンスで生計を立てたいオーストラリア人

高学歴エリートもたくさんいて

怪しげな人もいて

海外から移住したのに家と職場の往復のみの人もいれば
そのすぐそばで街はよくわからないエネルギーに溢れおしゃれなバーでとにかく毎晩しゃべって酒を飲む。

もうごちゃ混ぜmix 石焼ビビンバ混ぜちゃって

楽しくお金を稼いで使って生きていこうぜイェー!海綺麗だね、わーい波に乗れー!

という感じでした。(結構的確にシドニーを表現してると思います)


高校卒業後に1年くらい世界を回って何がやりたいか考えるのもあるあるだとかないとか。

だから、別に大学行かなくてもいいよ!✌️

…と思ったのに息子大学行きたいんだって(゚◇゚)

 

つくづくコントロール不能意味不明

でも、やりたいことやればいいよ。

お母ちゃん応援する。

もうそれしかできないんだわ。

 

 

何から書こう

あれから1年半

わたしはオーストラリア留学を終え帰国した。

色々なことがあったがそれはまた機会があれば別で記録したい。

私の文章など読むに値しないのでただの日記のようなものだが、同じ不登校や進級できなくなった子どもを持つ苦しみや不安を抱える人がみてくれて少しでも参考になれば嬉しい。

社会は親が子どもに対して危害を加えたら子どもを守るために親を裁く体制を整えてきているが、子育てに悩み苦しんでいる親を救う体制は整えられていないように感じる。

2024年1月

お正月

毎年私たち家族4人は、1人で留守番をしている姑の所に新年の挨拶に行く。いつもご馳走を用意してくれており、お年玉をもらって帰るのが恒例だ。

しかし姑は自動車に乗れず、買い物に電動自転車で行くが大勢の分を買うのは大変だ。

そこで、去年から娘を買い物のパートナーに派遣し、更に姑にお年玉を数万円渡すようになった。全部夫の意向。夫は根っからのマザコンなのだ。でも、母親を大切にする男性はいいと思う。


宴の最中、夫がニヤニヤしながら私に留学のことを言わせようとする。私は年寄りは何を言い出すか分からないのであまり話したくなかった。

結局ぼんやりとそれらしいことは言ったが、具体的な話題は避けた。すると夫はつまらなそうにしていた。何故か私が留学することを彼は誇らしく思っている。そう、応援してくれている。この年でというのもあるし、いずれ息子や家族の利益に繋がればという動機があることを彼は理解していた。


息子が不登校になってしまった苦しみは、他の人にはあまり理解されない。枠にはまった家族の形をいくら守ろうとしても歪みが生じ、なんとか打開しようともがき苦しむ心境を伝えることはおろか、理解してもらうことは難しい。

家族の形は何通りもあり、何が正しいと他の人が決めることはできない。いくら何を言われたとしても誰も責任なんて取ってくれない。ここまで来て何が正解かなんて誰にもわからない。

活路を見いだせる可能性が少しでもあるならできることは全てやる。

わたしは1人オーストラリアへ留学した。